研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

RUNX転写因子を中心とした転写制御ネットワークによるT細胞の運命決定とその破綻によるT-ALL発症メカニズムの解明

2022年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 私はこれまで、細胞の系列決定を制御する転写因子に注目して研究を行ってきました。このような転写因子はマスター転写因子と呼ばれ、特定の発生段階で発現が誘導されることで幹細胞から特定の細胞系列への運命を決定づけます。一方で、私たちの最近の研究結果から、発現量が変化しない転写因子も細胞の発生段階によってその機能をダイナミックに変化させて細胞の系列決定に重要である事が分かってきました。

 本研究では、免疫システムの中で特異的な病原体に対する応答を制御するT細胞の系列決定をモデルとし、T細胞の生涯を通じて発現量の変化しないRUNX転写因子がどのようにT細胞の運命決定を制御しているのか、その生理的なメカニズムの解明を目指します。また、RUNX転写因子の体細胞変異はT細胞の腫瘍化を引き起こすことも知られています。私たちはRUNX転写因子の生理機能を理解すると共に、その制御方法を検討することで、血液腫瘍に対する新しい治療法の確立に向けて研究を行います。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 私はアトピー性皮膚炎を患っていた経験から免疫学に興味を持つようになりました。不思議と医師ではなく、アレルギーが発症する原因を明らかにする研究をしたいと高校生の頃考えるようになりました。進学する大学を選ぶときも、免疫学教室がある理系大学を選びました。最終的には千葉大学 医学研究院の博士課程に進学し、中山俊憲教授のご指導の下、アレルギーを引き起こす原因となる2型ヘルパーT (Th2)細胞の分化に関する研究を行いまいた。その結果、Th2細胞分化のマスター転写因子であるGATA3は、特定の遺伝子群の発現を活性化すると同時に、別の遺伝子セットを抑制していることが分かりました。そのメカニズムとして、GATA3はTh2細胞の中で異なる転写因子複合体を形成し、ターゲット遺伝子の発現を正にも負にも制御している事を明らかにしました。この経験から転写因子による細胞系列決定メカニズムの面白さに触れ、「アレルギーが発症する原因を知りたい」という当初の目標から、「転写因子が細胞の系列決定を制御するメカニズムを理解したい」という現在の私の目標に変化していきました。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 千葉大学 医学研究院で学位を取得した後、そのまま助教としてさらに9年間、中山俊憲教授の指導を受けました。その間に、研究者として生きていく上で必要な知識や技術だけでなく、チームワークや研究者としての考え方など研究グループを率いて独自の研究を進める基礎を教えて頂きました。その後、私はカリフォルニア工科大学 生物学部門のEllen Rothenberg教授の研究室に留学をしました。Rothenberg教授からはサイエンスを楽しむことを習いました。良いデータが出たときには踊って喜び、思い通りのデータが出なかったときはそのデータを元にどのように研究を発展させていくのか一緒に考えてくれました。千葉大学で良いトレーニングを受けたおかげで、留学中は自分の持っている知識と技術をフルに発揮して、非常に楽しい研究生活を送ることが出来ました。また、Rothenberg教授を初めとして、同僚に恵まれたことも幸運でした。若いうちに留学をした方が良いという話をよく聞きますが、私は日本で十分に経験を積んでから留学しました。私は、実力を身に付けに行くのではなく、実力を発揮しに留学へ行くのだと考えて、それがとても良い結果に繋がったと思っています。

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 まだまだ若い方にアドバイスが出来るほどの立場ではありませんが、研究を一緒に楽しむ仲間が増えることを願っています。まだ誰も知らない生命の不思議を一つずつ明らかにする課程は、何事にも変えられない楽しさがあります。私の研究室には、研究員2名とテクニシャン1名が在籍しており、少数精鋭で研究を進めていますが、もし私どもの研究に興味のある若い方 (学部生、大学院生)がいらっしゃいましたら、是非一度見学にお越しください。一緒に研究を楽しみましょう!

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 これまでの私たちの研究成果から、転写因子による新しい細胞系列決定メカニズムとして「co-factor redeployment model」を提唱しています。これは、マスター転写因子群が発現量の変化しない複合体構成因子を奪い合うことによって、多能性に関わる遺伝子の不活性化と系列特異的な遺伝子の活性を同時に誘導し、細胞系列の運命決定を制御するメカニズムです。例えばこのコンセプトをiPS細胞に当てはめると、山中4因子がほぼ全ての細胞の形質をリセットするメカニズムを容易に説明することが出来ます。同様に、これまで原因が不明であった多くの疾患がこのメカニズムで説明できる可能性があります。実際私たちが研究対象にしている転写因子の多くは、ガン遺伝子やガン抑制遺伝子として知られており、これらの転写因子の体細胞変異がco-factor redeploymentの機能不全の原因となり、免疫細胞のガン化を誘導していると考えています。今後は、転写因子の生理的な機能を理解すると共に、「co-factor redeployment model」を中心に据えて、転写因子の機能不全が腫瘍化を引き起こすメカニズムの解明にも貢献できればと考えています。

Profile

2022年度 化血研若手研究奨励助成
細川 裕之

東海大学 医学部 生体防御学
准教授

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