研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

単一細胞レパトア-脂質オミクス解析による抗ウイルス応答メカニズムの解明

2022年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 私はこれまでに免疫と代謝を横断的に捉える免疫-代謝研究を進めてきました。その過程で脂肪酸代謝が免疫応答に非常に重要な役割を担っていることを発見しました。当初はウイルス応答と代謝についての関連は具体的にイメージしていなかったのですが、今回の助成テーマであるSCD2という不飽和脂肪酸の合成に必要な酵素をT細胞特異的に欠損・阻害しRNA-seq解析を行ったところ、ウイルス応答やIFNシグナルに関連する遺伝子が軒並み上昇(Top 50のうち半分程度)することがわかりました。これはきっと感染防御に重要な作用をもっているにちがいないと考え、すぐに感染研究の専門家にコンタクトをとりウイルス感染実験を進めたところ予想以上の効果があることを見出しました。実際、SCD2の阻害作用は免疫の抗ウイルス応答を大幅に強めウイルス排除に働くことは当然確認できたのですが、それ以外にも免疫記憶応答への影響やウイルスが宿主の細胞に感染する際に脂質を必要とする面白い知見を新たに発見することができました。

 今回の助成テーマではこうした発見をもとにSCD2-脂質代謝を標的とすることで様々なフェーズでの抗ウイルス応答メカニズムを解明し、従来とは発想の異なる新たな創薬モダリティの基盤を構築することを目指しています。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 研究者を目指すきっかけはいくつかありますが、やはり大きな要因は大学院時代に千葉大学免疫発生学教室の中山俊憲先生(現千葉大学学長)の元で研究を進められた点です。その具体的な要因として、世界と伍する研究にはやいうちに触れられたことが挙げられます。これは、私が在籍時に中山先生が掲げておりましたPOC (Proof of Concept)を変える研究の重要性が深く関係し、研究者として生きていくためにはただ漠然と研究を進めるのではなく後世に残るような研究を実施することが研究者として生きていく大きな意義であることを教えて頂きました。また、中山研はもちろんcompetitiveではあったのですが、当時の准教授の山下政克 先生(現愛媛大学教授)をはじめとして、多くの先輩・同僚・後輩に恵まれた非常に良い研究環境のおかげで自分自身も研究者の道をあゆみたいと強く思えるようになりました。今でも中山研出身のメンバーとは交流があり、現在私が研究を進めていく上での大きな支えとなっております。

 現在の免疫-代謝研究を進む経緯は、私自身の出身が化学科出身であることが関係します。免疫細胞を色々と解析していった過程で、劇的に細胞の数、特性、および機能が変化する免疫細胞に生体の基本因子である代謝が関係しないわけがないと思うようになりました。化学科出身のバックグラウンドが幸いして化学式や代謝経路になじみがあったため、これらについて障壁を感じずに取り組むことができました。また、インフラや研究資金の観点からも免疫-代謝研究を新たに、かつある程度自由に進められる研究室であったことも大きなポイントだと思います。

「海外出張時、カリフォルニア工科大学Ellen Rothenberg博士、中山俊憲先生と撮影」

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 これまで論文アクセプトの時にうける喜び、論文をだし負けた時の悔しさ、また苛烈な叱咤激励による苦しさなど研究生活において印象に残ることはたくさんありますが、自分にとってやはりインパクトが大きいのは研究を進める上でのカギとなるデータが出た瞬間だと思います。

 例えば、以前私は免疫記憶の前駆細胞について研究を進めていたのですが、なにがその分化を決めているのが不思議に思っていました。そこで目をつけたのが代謝だったのですが、いろいろな代謝経路について、数十種類の阻害剤を用いて実験しました。当時免疫-代謝研究は未成熟な領域だったため、阻害剤の濃度検討からアッセイシステムのセットアップにいたるまで、とにかく大変で、脂質代謝にたどり着くまで3年以上かかりました。こうしてACC1という脂肪酸合成の律速酵素が免疫記憶に重要そうだというデータを得たのですが、そこからも本当に脂質代謝と免疫記憶が直接的に結びつく証拠を得るのに苦労しました。今はscRNA-seq技術が進歩しているので細胞集団中の不均一性を解析するのは難しくなくなりましたが、当時は今ほどシングルセル解析技術が洗練されておらず、実験システムも確立されていなかったので探りながらエフェクター細胞における不均一性について研究をしていました。そうした状況で、単一細胞解析を行ったところ、エフェクター細胞には、脂質合成酵素の発現が高い短命細胞と低い長命細胞(記憶前駆細胞)があることを見つけました。このデータが出た時は、うれしくて飛び上がりそうなくらいでした。苦労が大きければ大きいほどカギとなるデータが出た瞬間の喜びはひとしおでアドレナリンが出まくります!こうした瞬間が忘れられないから、苦しい日々も研究を進められるのだと思います。

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私自身もまだ若手研究者の部類で大きなアドバイスを言えるほどの経験はないのですが、まずは自分がやりたいことを見つけられるのが最優先事項だと思います。個人的には自分が本当にやりたい研究に出会えること、見つけることは簡単ではないと思っていて、実験のやり込み具合と多くの思考を経て、自分の得手不得手であったり、研究スタイルの好き嫌いがわかるようになったりして、そこから余計なものが削ぎ落ちていくことで自分のやりたいことが見えてくるのではないかと思います。また、自分にとって本当にやりたい研究対象がみつかったら、あとは他の誰がなんと言おうとも自分が信じられるほど納得いくまで努力することが重要だと思います。やはり好きと努力にまさることはないと思うので、できるだけ若いうちに自分にとってやりたい研究を見つけ、一心不乱に実験をしまくることが肝心かと思います。また、今は情報過多な時代なので、ある程度自分の意志で情報をシャットアウトすることも時には必要かなと思います。何はともあれ、研究者は平坦ではないけれど自分の考えを表現できる楽しい職業だと僕自身は思っているので、これから日本でももっと研究者が増えて、研究業界がもっと盛り上がっていってくれると嬉しいです。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 上述したように私はこれまで免疫-代謝研究を進めてきましたし、おそらくこのテーマをライフワークとして今後も研究を進めていくと思います。免疫-代謝研究はこの10数年でもっとも研究が進んだ領域のひとつです。15年くらい前まではこれほど免疫システムと代謝システムが相互に作用して生体の恒常性に寄与しているとはほとんどの人が考えていなかったと思います。ただ、依然として免疫-代謝研究に根差した創薬や診断法などはそれぞれ開発・確立はされていません。また、最近では肥満や糖尿病がCOVID-19重症化の素因であることが示されましたが、これもなぜ素因となっているかはわかっていません。こうした大きな問題点は現状私たちが理解しだした免疫-代謝クロストークが極めて限定的で、免疫と代謝が生体内のどこで、またいつ作用しているかは結局あまりわかっていないからだと思っています。

 我々のラボでは「代謝で免疫を制御する」ことを一つの目標として研究を進めているため、黎明期にある免疫-代謝の研究業界に大きなブレイクスルーをもたらしたいと考えています。そのために僕らwetな実験系を主体とした研究者ができることは、現実の病態の現場で作用する代謝酵素・代謝物を捉え、なぜ病態に寄与するのか、またどのようなメカニズムで作用するのか、について正確なデータを得ることが肝要だと思っています。こうした正確なデータを持ち寄せて、免疫学、代謝学だけではなく、栄養学や工学、数学などの専門家が結集することで未病状態を代謝の側面から鋭敏に捉えるシステムや免疫-代謝に根差した創薬開発などを進められるのではないかと考えています。現在はこうした免疫-代謝研究を軸に共に進めてくれる研究仲間の基盤を構築している最中です。

Profile

2022年度 化血研若手研究奨励助成
遠藤 裕介

かずさDNA研究所 先端研究開発部
室長

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