研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

加齢を素因とする悪性リンパ腫の発症機序の解明

2022年度 化血研研究助成

研究内容について教えてください

 私はこれまでに、医師として働きながら基礎医学研究の成果を臨床へ橋渡しするPhysician scientistとして、血液がん、特に悪性リンパ腫を対象に研究をおこなってきました。近年では、年をとるにつれて遺伝子変異が蓄積し、血液中の白血球や赤血球などを作り出す造血幹細胞が、変異のある細胞へ置き換わっていくことが知られています。この現象はクローン性造血と呼ばれ、今では世界中で常識的に研究されています。この現象が報告される以前に、解析をおこなっていたリンパ腫の患者さんの細胞において、がんではない血液細胞にも遺伝子変異があることにたまたま気がつきました。このことをきっかけに、現在に至るまで悪性リンパ腫を対象とした研究を続けており、多段階に発がんがおこる仮説の提唱や、基礎データをもとにした臨床試験、治験、遺伝子診断法の確立、そして臨床診断への実用化などをおこなってきました。

 本研究では、「加齢に伴ったクローン性造血」の発症機序を明らかにすることを目的として、実験に取り組んでいます。現在、クローン性造血を起こしやすい遺伝子配列がどのようなものか、Natureなどにたくさん論文が出つつありますが、日本人のデータはまだまだ少なく、また、遺伝的な素因には人種差があるため、日本のデータを蓄積していくことが重要です。また、加齢は心筋梗塞や慢性肝疾患、慢性閉塞性肺疾患などの炎症性疾患も引き起こします。これらの疾患では、全身性の炎症がクローン性造血の変異を持った細胞を刺激することも注目されています。私は、基礎的な研究を通して加齢を素因とする悪性リンパ腫の病態を理解することで、研究の成果を診断や治療法の開発へと応用していきたいと考えています。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 高校一年生までは音楽家に憧れ、毎日ひたすらピアノの練習に励んでいました。ところが、当時の担任の先生は芸術が専門で、あるとき「君の芸術は、趣味にしなさい」と声をかけていただきました。才能がないということを言っていただいたのだと思います。将来像が白紙になってしまい、この先どうしようかと迷っていた矢先に医学研究の特集をみて大変興味を持ち、関連する科学記事、科学雑誌などに没頭しました。大学在学中は免疫学に興味をもち、大学3年生、4年生の夏休みには谷口維紹先生、高津聖志先生の研究室で実験を手伝わせていただきました。一流の研究、というものを空気のように自然と学ばせていただいたのは、実に恵まれていたと思います。

 研修医時代には、免疫学に関連の深い血液学に自然と惹かれました。血液学領域では、それぞれ分子標的薬、抗体薬の先駆けであったイマチニブ、リツキシマブなどの新薬が次々に導入された激動の時代です。患者さんに新薬を使うのが心配でならず、日に何度も様子を見に行くものですから、患者さんには随分と可愛がっていただきました。それだけに、元気に退院された患者さんが再発して入院された際には、本当に悲しく思いました。医療は日々進歩しなくてはならない、ということを改めて思いまして、医学研究を始めることとなりました。

 大学院を卒業して間もなく、筑波大学への異動をきっかけに、将来を見据えた新しい研究分野にチャレンジをしたいと思いました。当時DNAメチル化という仕組みは知られていましたが、脱メチル化という仕組みは知られていませんでした。骨髄異形成症候群(MDS)に興味があり、TET2遺伝子に高頻度変異がみられるということが発表された年でもあり、DNA脱メチル化の仕組みではないかということが示唆されましたので、これに取り組むことにしました。

 後に、TET2遺伝子変異は、私が後に専門とすることとなる悪性リンパ腫を含めた血液がんで広くみられること、さらには加齢に伴って一見正常な血液細胞にも変異がしばしばみられるクローン性造血でも鍵となることが明らかになり、今回の研究に繋がっています。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 研究というのはセレンディピティであると思います。

 私はMDSの研究に取り組もうとしまして、偶然、まさかこれには変異がないだろうと思った悪性リンパ腫(血管免疫芽球性T細胞リンパ腫: AITL)の患者さんのリンパ腫細胞が浸潤していない骨髄サンプルにTET2遺伝子変異があるというので、随分驚きました。悪性リンパ腫はそれまで成熟したリンパ球に異常が生じていると考えられていましたが、オリジンは骨髄中の未分化な造血幹細胞にあり、多段階発がんにより発症するのではないか、と考えるきっかけとなりました。当時、次世代シーケンス解析の黎明期でもあり、これをいち早く導入しておられた小川誠司先生の教室で毎週勉強させていただきました。その後、AITLの疾患特異的RHOA遺伝子変異の発見に繋がり、悪性リンパ腫研究の道に進むこととなりました。

 悪性リンパ腫は血液がんのなかでも最も患者さんの数が多く、CAR(キメラ抗原)T細胞療法などの新薬開発が盛んであり、とても大切な分野です。現在では、臨床家としての診療、教育啓蒙活動についても悪性リンパ腫を中心に取り組み、世界的な診療ガイドラインでもあるWHO分類の執筆などにも携わる機会をいただいています。 

 あのとき、あの骨髄サンプルの解析をしていなければ、そのままMDSの研究者になっていたかもしれません。

「2015年Philippe Gaulard先生の研究室に留学中(パリ於)」

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私自身の研究活動を振り返って、現在まで研究活動を継続できているのは、本当に奇跡的なことのように感じており、支えてくださった皆様に心から感謝する日々です。特に、筑波大学へ異動後は、新しい環境のなかで教育や診療を学ぶこととの両立、子供たちは0歳、1歳と小さく、熱がでた、下痢をした、怪我をした、ということで保育園に駆けつけることも頻繁にあり、全く研究成果が出ませんでした。

 苦労の末、私にとっての研究とは、「好きな絵を描く世界」という心境に行き着きました。筑波大学という新しい場所で「精一杯、努力したい」という気持ちに溢れていましたが、制約が大きいなかで「努力すること」自体を目標にしていては、全く良いアイデアがでず、行き詰まるばかりでした。患者さんと対話すること、信頼できる仲間と話をすること、ときには全く新しいことにチャレンジすることに重きを置くこと。そうしたなかで訪れる「わずかな閃きのある瞬間」を捉えて、これを大事に育てることで、現在の研究に繋がりました。

 それから、研究成果はなだらかな坂のようではなく、階段状にやってきます。階段状の進歩の前にはいつも進歩のない平坦な道を歩くような心境で研究に取り組むことになりますがですが、階段状の進歩の瞬間がやってくるまで、気長に、上手に気分転換しながら研究に取り組むことも大切に思います。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 将来は、今回の研究テーマが血液の研究にとどまらず、加齢とはなにか、ということに本質的に迫る研究へと発展するように努力して参りたいと思います。アンチエイジングは古来、人類の夢であったわけですが、昨今の加齢研究の進歩を鑑みますとアンチエイジングに至る道筋は多様であるように思います。クローン性造血という私達が取り組んできた身近なテーマに介入することで、アンチエイジングという人類の夢の一助になり得るというメッセージを発信したく思います。

 研究室に加わるメンバーも次第に増え、次世代の医学研究者の教育も大きなテーマです。大学院の学生教育が大切なことも無論ですが、大学の学部学生からの教育がとても大切だと思います。国際的に開かれた教室を目指し、現在アジア(ベトナム、中国)からの留学生、研究員6名が在籍し、日頃からカンファランスは英語で行っています。カナダBC Cancer/British Columbia大学のChristian Steidl先生に2023年4月から招聘教授となっていただき、月2回程度、webでグループ間ミーテイングや、投稿予定の論文にサジェッションをいただくなどの取り組みをしています。まさに、「研究室内留学」を実現しています。こうした取り組みを通して、医師として患者さんを診る際に生じた疑問を「サイエンスとしての問い」に変換し、これに応えることを目指す若い研究者の育成を目指したいと思います。

Profile

2022年度 化血研研究助成
坂田 麻実子

筑波大学 医学医療系血液内科 教授
トランスボーダー医学研究センター先端血液腫瘍学 教授

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