研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

COVID-19 mRNAワクチンブースター接種による変異ウイルス中和抗体産生機構の解明

2022年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 本研究の背景は、前所属(大阪大学免疫学フロンティア研究センター)で一貫して着目してきたB細胞と抗体に関する研究です。B細胞は一つ一つの細胞が異なる抗原受容体(免疫グロブリン)遺伝子をもち、それぞれが特異的な抗原に反応して抗体を産生します。そのためB細胞の分化過程はとても複雑で、様々な遺伝子改変マウスを駆使してその制御メカニズムを研究してきました。特に近年は、ワクチン療法の基盤である「免疫記憶」に着目し、それを担う記憶B細胞がどのような仕組みで分化するのか、そのメカニズムを探ってきました。

 そんな中2020年からCOVID-19パンデミックに見舞われ、我々は基礎免疫学研究者の立場から、実際我々の体内で起こっている免疫応答を解析することになりました。具体的には、COVID-19 mRNAワクチン接種により記憶B細胞がどのような仕組みで作られるのか、これまで培ってきた実験技術を用いてその解明に挑みました。我々が研究に参画した当時はちょうどオミクロン変異株の出現後感染が急拡大し、その対抗手段としてmRNAワクチンのブースター接種が奨励されていた時期になります。我々が着目したクエスチョンの一つは、mRNAワクチン2回接種ではほとんど作られないオミクロン株中和抗体が、なぜ3回接種後はしっかりと作られるのか、その免疫学的メカニズムの解明です。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 元々は物理化学の専攻で大学に入学し、生物学に興味を持ったのは大学の専門課程(3,4年生頃)に入ってからになります。最初のきっかけは、学部時代の研究室で筋肉の収縮などを担う分子モーターとよばれるタンパクに着目し、ATPの加水分解という化学エネルギーがどうやって筋線維の収縮という力学的エネルギーに変換されるのか、という生物の「動き」の根源に、実験科学でアプローチする(できる)ことを面白いと思ったことです。その後、一つのタンパク質に着目した研究から、そのタンパク質が細胞の中ではどんな働きをしているのだろう、その細胞は組織・個体の中でどのような役割を担っているのだろうと興味の対象が広がっていきました。

 東大の医科学研究所でポスドクとして研究をしながら次の進路を探っている折、大阪大学の黒﨑知博教授にお声がけいただきB細胞研究と出会いました。免疫学のバックグラウンドはほとんどゼロのところから、国内トップレベルの研究環境と黒﨑先生のサイエンスへの情熱のおかげで何とか研究者として一人前に育てていただき、今に至っております。

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 これまで東大(駒場、医科研)、阪大、国立がんセンター研究所、理研といったさまざまな組織で研究をする機会に恵まれ、多様な研究スタイルに接することができたのは幸運だと思っています。この方法が唯一の正しい研究手法だ、というものはどうやらなさそうだというのが一定の結論ですが、キーとなる最重要データを最短で正確に出すことの重要さはキャリアを経るにつれより重く感じるようになりました。また、近年ヒト検体を用いた研究を行う機会が増えてきましたが、貴重な臨床検体サンプルから確実にデータを取らねばならない、失敗したらやり直しが効かない実験への緊張感はこれまで経験のなかったもので、大きなプレッシャーの中、心血を注いて一緒に仕事をしてくれたスタッフにはとても感謝しています。

ポスドク時代に日本代表高校生の引率兼翻訳係として
国際生物学オリンピック(アルゼンチン大会)に同行しました

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 まだまだ短いながらも自身の研究のキャリアを振り返ってみると、分野、研究対象の変遷のなか一見関連のない事柄が後になって繋がる、役に立つことは割合多かったように思います。Steve Jobsの言っていたconnecting the dotsというやつです。学生の時一つのタンパク質の構造を日々眺めていた経験が今の抗体抗原相互作用を考える上で役に立ったり、その研究の重要性もちゃんと理解せぬままひたすら遺伝子クローニングに勤しんでいた経験が今のシングルセル解析技術開発の基盤になっていたり、そのような例は挙げればきりがありません。

 良くも悪くも過剰な情報にアクセスできる環境で育った今の若者は、コスパ、タイパを重視した選択に特に疑問を持たないかもしれません。そういった意味で、研究者としての将来(安定性、収入など)に悲観的な人が多くなっていることは理解できます。しかし人はネガティブな情報により敏感に反応する生き物なので、これからはむしろある種の鈍感さと楽観性が重要になるのではないかと思います。もし研究者という職業に少しでも興味があれば、今後何の役にも立ちそうにないが何となく好きかも、ということにはとりあえず夢中になって一生懸命やってみる、という姿勢は決して損にはならないはずです(と信じています)。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 これまでの研究成果を評価いただき、運よく独立して研究室を構える機会を得ることができましたので、新たなパンデミックに備え感染症対策とワクチン開発に挑むという現所属のミッションにB細胞と抗体というツールを用いて貢献すべく全力を尽くしていきたいと思います。と言ってもその基盤となるのは、目の前の分からない現象を解明したいという探求心であることはこれからも変わりません。一方で、求められるアプローチが多様化、複雑化していくことは避けられず、自分一人で解決できることに限りがあることは否めません。これまでのバックグラウンドにこだわらず、純粋にサイエンスが面白そうだからやってみようかという若者たちと新しい研究ができればうれしいなと思っています。

Profile

2022年度 化血研若手研究奨励助成
井上 毅

東京大学 新世代感染症センター
教授

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