研究者インタビュー

化血研が助成させていただいた研究者の方々の研究内容、これまでの経験やエピソード、将来の夢などをご紹介します。

エピゲノム多様性に着眼した白血病の病態解明と患者層別化

2022年度 化血研若手研究奨励助成

研究内容について教えてください

 癌は遺伝子変異によって発症する疾患です。私は血液細胞の癌である白血病の遺伝子変異やその機能についてこれまで研究してきました (Ochi et al., Cancer Discov, 2020、Ochi et al., Nat Commun, 2021、他 )。こうした研究を通じて、癌における遺伝子変異の重要性を改めて認識すると同時に、変異のみでは説明できないメカニズムの存在も浮き彫りになってきました。例えば、最近では健常人の血液細胞にも白血病と同じ遺伝子変異があることが分かってきましたが、多くの人は白血病を発症しませんので、健常人と白血病患者の血液細胞には変異だけでは説明できない何らかの違いがあることになります。他にも、同じ遺伝子変異をもつ白血病でも、全く異なる性質を示すことは臨床的によくあることです。こうした遺伝子変異以外の未知の白血病のメカニズムとして、私はエピゲノム(DNA配列を変えることなく遺伝子発現を制御する仕組み)が重要な役割を果たしていると考えています。

 そこで、本研究では大規模な白血病患者検体を用いてエピゲノム解析を行います。スーパーコンピューターも利用した生命情報解析によって、白血病に特異的に認められるエピゲノム異常や白血病患者間のエピゲノムの違いを網羅的に明らかにすることで、白血病の新たな分子分類や新規治療法の開発を目指します。

研究者を目指すきっかけ、現在の分野へ進むこととなった経緯を教えてください

 私は医学部に入った時点では特に研究者を目指しておらず、卒業後は初期臨床研修に進みました。友人も含めて若い方が命を落とす状況にも心を動かされ、癌の診療に関わりたいと考えていましたので、臨床研修後は診断から治療まで一貫して担当でき、化学療法で腫瘍の根治を目指せる血液内科医になりました。研究と臨床の垣根が低く、基礎研究の成果が一早く臨床に届くことも多い領域であり、アカデミックな雰囲気と最先端の治療へのアクセスも魅力的でした。

神戸市立医療センター中央市民病院・血液内科の集合写真

 血液内科医として経験を積む中で、同一の診断名にも関わらず全く異なる臨床像を呈する例を多く経験しました。時には化学療法が著効して治癒を得られる一方で、どのような治療をしても不幸にも救命できなかった患者も目の当たりにし、なぜこのような違いが生じるのか、何かもっと良い治療法はないのか、と何度も思いました。一方この頃、次世代シーケンサーを用いた解析によって癌の新しい遺伝子変異が次々に同定され、遺伝子変異によって臨床像が予測できるといった報告が多数なされました。そこで、遺伝子変異解析によって患者間の違いを明らかにし、造血器腫瘍の新たな治療戦略の開発に貢献したいと考え、母校・京都大学に戻り研究を始めました。

博士課程時代、腫瘍生物学講座の集合写真

これまでのキャリアで印象に残っている経験を教えてください

 普通に臨床医をしていた私にとって、初めて参加した海外学会である米国血液学会(ASH)の影響は大きかったです。当時行っていたリンパ腫の臨床研究についてポスター発表をするために参加したのですが、会場の圧倒的なスケールや、国際的でアカデミックな雰囲気に圧倒されました。ポスター発表では、研究者がアルコールを飲みながら気軽に演者に質問をする雰囲気に驚きつつ、自身の研究について討議することができました。発表される最先端の研究成果はレベルが非常に高く遠い世界のことのように感じられましたが、自身もいつかこのような研究ができれば良いな、とも思いました。

 また、初めて自身の論文を国際誌に報告した時のことも印象に残っています。勤務病院で経験した症例に関する簡単な報告でしたが、自身の研究を公開し、世界中の臨床医や研究者がそれを読んでくれるかもしれないという事実は、病院の小さなコミュニティ内で毎日生活していた私には大変刺激的でした。現在においても、国内外の研究者と研究について議論できる機会に恵まれており、大きなモチベーションになっています。

初めての国際学会(米国血液学会)でポスター発表
神戸市立医療センター中央市民病院でお世話になった血液内科部長の石川隆之先生と撮影

今後の応募者へのアドバイス、若手研究者へのエールをお願いします

 私自身もまだ若手とされる中で恐縮ですが、研究を続ける上では、主体的に取り組むということと、失敗経験を振り返るということを大事にしています。若手のうちはメンターや先輩研究者から様々なアドバイスをもらえますが、アドバイスありきではなく主体的に考え研究を進めることでしか得られない苦労や経験があると思います。研究に限らず臨床でも、新しいことに取り組む時は、次は他人に教えることができるようになるくらい理解するという気持ちで取り組むようにしています。また、研究とは未知へのチャレンジであり、多数の失敗ありきで初めて研究が進むと言えます。期待した成果が得られない時にどれだけ一生懸命原因を考えられたかが、研究者の成長速度を大きく分けると思います。

 若手研究者にとって、化血研の研究助成のようにまとまった金額のグラントを頂ける機会は多くありませんので、大きなステップアップの機会です。本助成では挑戦的・野心的な課題が多く採択されていますので、失敗を恐れず応募を検討されてはいかがでしょうか。

将来の夢や、研究を発展させるビジョンについて教えてください

 現在の癌の臨床現場は、遺伝子パネル検査も導入されるようになり、まさに癌ゲノム時代が到来しています。一方、遺伝子変異解析によって有効な治療法が見つかることもありますが、そういった例はまだ多くなく、新たな切口による癌の診断法も求められています。

 私は本研究で得られた成果からも、ゲノムに加えて今後はエピゲノムが重要な役割を果たす可能性が高いと考えています。エピゲノムの研究は、癌の分類を今以上に正確にする、癌の新しいメカニズムを明らかにする、エピゲノムを標的とした新規治療を開発する、など多くの展望が見込まれます。癌ゲノム時代の次のステップとして、基礎研究レベルで癌におけるエピゲノム情報の意義を明らかにするとともに、最終的には臨床現場にも取り入れられるような簡易な測定手法が開発されることが望ましいと思います。私の取り組んでいるエピゲノム研究では将来的にこうした課題にも取り組み、臨床現場にも役立つ知見を得られればと考えています。

Profile

2022年度 化血研若手研究奨励助成
越智 陽太郎

京都大学 腫瘍生物学講座
助教

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